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中川 洋
no journal, ,
中性子線は、原子サイズと同程度の波長と分子の熱揺らぎと同程度のエネルギーを持つことから、計測対象の分子との相互作用によって散乱した中性子を分析することで、ナノ秒スケールの時間スケールかつナノメートルの空間スケールの分子ダイナミクスが分かる。テラヘルツ周波数領域に特徴が現れるガラス化した生体物質の振動状態や、生体物質表面との相互作用によって発現するバルク水とは異なる水和水ダイナミクスなどの解析が可能となる。さらに、水素原子と重水素原子の散乱長の違いを活用し、計測対象の分子等の部分重水素化によって特定部位の構造やダイナミクスを際立たせて解析できることも中性子散乱の大きな利点となる。動的構造因子を定量的に計測できる中性子非弾性散乱は、分子シミュレーションによる解析との相性がよいことも特長である。
味戸 聡志
no journal, ,
糖は代表的な生体保護物質であり、タンパク質に対しても明確な構造安定化作用を示すことが知られている。その一方で、タンパク質保護作用の分子メカニズムについては議論が続いており、比較的単純な水溶液系においても複数の仮説が提唱されていた。「水素結合置換説」では、糖とタンパク質が直接水素結合を形成することで高次構造が安定化されると主張されている。その一方で、「選択的水和説」では、糖溶液中でタンパク質が選択的に水和されることで変性に伴う構造変化が不利になると主張されている。本研究では上記の仮説を構造学的に証明するため、中性子小角散乱法と放射光X線小角散乱法を相補的に利用し、糖溶液中におけるタンパク質の水和構造を解析した。小角散乱法は生体高分子や合成高分子の構造解析に有効な手法である。中でも、中性子小角散乱法は重水素化によって試料の散乱能をコントロールすることが可能であり、多成分系の構造解析研究に威力を発揮する。本研究では糖を不可視化し、タンパク質の水和構造を選択的に観測した。中性子小角散乱法を用いて糖溶液中のタンパク質水和殻を解析したところ、水だけからなる水和殻が糖溶液中でも保持されていることが明らかとなり、「選択的水和説」を強く支持する結果が得られた。さらに、放射光X線を用いて「選択的水和」の糖の種類による依存性を検討した結果、二糖であるトレハロースおよびスクロースでは30%程度まで「選択的水和」が持続した一方で、単糖であるグルコースおよびフルクトースでは15%前後からタンパク質水和殻への浸透が観察された。本研究結果は、二糖の優れた生体保護作用を定性的に説明するものであり、上記の相関の定量化が今後の課題である。